少しだけ泣いて、それから笑おう

高級レストランで、優雅な食事の後、思わせぶりにスタッフの方がサーブしてくれた、サプライズのデザートは私の大好きなベリー系のフルーツをあしらったお洒落なタルトで、驚く私の目の前で、彼はおもむろに婚約指輪を取り出した。

誰もが100%成功するプロポーズだと思っただろう。
私は思わず涙ぐんで、口ごもって、そして「はい」と答えて、周りのスタッフさんたちから拍手が沸き起こる、はずだった。

私は思わず涙ぐんで、口ごもって、そして、何も言えなくなってしまった。
皆が私の言葉を待っていたのが痛いほど分かったけれど、急に胸が苦しくなって、言葉を発する事ができなかった。

彼が、イライラしだしているのを感じた。
だから、だからこそだったのだ、私がその時「この人とは結婚できない。別れるんだ」と直感的に判断したのは。

「ごめんなさい」と小さく答えた私を、彼は信じられないという目で見た。
空気が気まずく淀んだ。

そして、その翌日、私は彼から散々なじられ、そして、私たちの関係は終わった。

何でもかんでも完璧主義者だった彼の顔色を、私は常に伺っていた。
だから、いつも心からの笑顔を作ることができなかった。
私の笑顔はいつだって、作り物の笑顔だった。
プロポーズされた時、とっさに「この人との結婚式で、私は本物の笑顔が作れるのだろうか。心から笑えるのだろうか」と思い、それで気持ちがぐらりと揺れたのだと思う。


そんな、小さな事件から2年。
私には新しい彼ができて、その彼とは等身大の関係を築けていた。
別れた彼の前では決してした事のないような大笑いもできたし、気乗りしない時に無理に彼の希望に合わせる事もなくなった。

ある日、SNSで元彼が結婚した事を知った。
お相手の女性は知らない方だったけれど、自分から破談にさせてしまったのに、少し切なくなって、なぜか涙が一筋零れた。

少しモヤモヤした気持ちを抱えたまま今の彼と会うのは気が引けたけれど、いつものようにデートに出かけた。

こういう時は、やはり気もそぞろになってしまうようで、彼は私の微妙な心の揺れにすぐに気がついた。

「どうした?何かあった?元気ないみたい」

そういえば、前の彼は私の気持ちの変化には鈍感だった。

「ううん、なんでもないよ」
そう、笑顔を作る。

あ、作りもの・・・

そう思った瞬間、涙が溢れた。

私の突然の涙に慌てふためく彼。
彼に促され近くのカフェに入り、席につくまで、彼は背中をさすったり、肩を抱き寄せたりしてくれた。

私も私で少々パニックに陥ってしまっていたので「さっき作った笑顔がね、作りものの笑顔だったのね、私は、でも、作りものの笑顔は作りたくなくて、心から笑いたいのに、だからあなたと一緒にいるのに、作っちゃったから、自分が嫌になっちゃってね」と支離滅裂に言葉を並べた。

彼は、そんな私の話をじっと最後まで聞き、口を開いた。
てっきり「作りものの笑顔は作らなくていいよ。辛い時は泣けば良いよ」と優しい言葉をかけるか、「俺の前で笑顔は作らんでよろしい!」と喝を入れられるかと思ったら
「よし、じゃあ今から本物の笑顔になりにいくぞ!」と言い、私の手を引っ張り、外へ飛び出した。

彼は私を、なんとテーマパークへ連れていったのだ。
「女の子が心から笑顔になれる場所でパッと思いついたのがココだった・・・」と照れくさそうに言う彼を見て、私は思わず笑ってしまった。

入園してからの、彼自身の楽しみ方は尋常でなく、私もつられて大いに笑わせてもらった。
気付いたら作り物の笑顔はどこかへ行ってしまって、心から、勝手に笑っていた。

「こんな家庭を築くのが夢」
帰り道に彼にポロッとそう告げると、彼は
「あ!!ダメ!待って、それずるい!カミングスーンだからまだ何も言わないで待っててよ」
と、泣いた私を前にした時よりももっと慌てふためいて、そう言った。

私の心にじんわりと温かな幸せが広がっていった。

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