迷い猫ポール

彼女が出て行って1ヶ月。
僕の夢はいつも白黒だ。

ポールは迷い猫で、僕の家に住み着いた。
ポールという名前は彼女がつけた。
暑い夏の日だった。
窓を開けて、けだるい空気を感じながら
ビートルズのレコードを聴いているこの家にやってきた。
それだけの理由で、
「君はポール。私はビートルズなら、ポールの曲が好きなの。」
と告げた。
まんざらでもなかったのか、ポールはその日から僕の家に住み着いた。

そんなポールと僕を残して、
彼女はこの家を出た。
「私、あなたのことよりポールのことの方が詳しくなっちゃったよ。」

僕たちは仲が良かったと思う。
イベントごとも、ささやかだけど2人で楽しんだ。
喧嘩らしい喧嘩もない。
穏やかに暮らしていた5年間だった。
だから、出て行くと聞いて
僕は理由が全くわからなかった。

ポールはぼーっとする僕の腹から降りて、
相変わらず面倒くさそうに家の中で過ごす。
彼女が使っていたカラーボックスは
今はポールが丸くなって寝床にしている。
ポールは彼女が好きだった。
彼女もポールが好きだった。
お互いに追回したり、逃げてみたり、
怒ったり、笑ったり、本当にいろんな顔を見せていた。

ポールがレコードラックに飛び乗った拍子に、
バラバラと飾ってあったレコードが倒れた。
「あーもう、、また倒して。。」
手に取った一枚はイエスタデイ。
彼女の好きな、ポールの曲だ。
毎日のように聞いていたレコードも、
この1ヶ月、聞く気にもなれなかった。
久しぶりに針を落としてみる。

そういえば
彼女はだんだん、ポールを通して話をするようになっていた。
「ポールも迷うこと、あるの?」
「ポールはいいね、毎日ありのまま。」
この生活に甘えて、だらだら同棲生活を続けている僕に
彼女はずっと不安を覚えてたんだ。
気がつかなかった。
いや、気がついていたけど怖くて聞けなかった。
聞いたら終わってしまうんじゃないかと思っていたんだ。

あのとき、もっと話をしていたら
怖くても、もっとぶつかっていたら。
イエスタデイに僕は彼女を重ね、
いろんなことを思い返した。
そして気がつけば僕はポールを抱いて
彼女の元へ向かっていた。

「イエスタデイ、、好きだったよね。
でも、まだ思い出にしたくないんだ。
もう一回、今度はポールを通さないで話をしよう。」




あれから3年。僕たちは仲良くやっている。
僕の夢にも色が戻った。
たくさんの喧嘩をして、
彼女は昔よりはっきりモノをいうようになった。
ポールは相変わらずだけど、耳や尻尾を引っ張る新しい仲間に少し迷惑そうにしている。
今日のレコードもビートルズ。
イエスタデイをききながら、あの日を思い出していった。
「あの日、この曲を聞いていなかったら
僕たちは本当に終わっていたかも。」
すると彼女はニヤニヤしながら言った。
「あなたは彼女への未練の曲だと思ってるみたいだけど。あれはお母さんへの曲よ。
あなたが私に未練を感じてくれていて良かったわ。」
そんな、したり顔の彼女を見て思うのは
僕は昔の彼女より、今の彼女の方が
もっと好きになっているということ。

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